「個別支援計画書を活用した取り組み」 ご質問とコメント(6/6)

九州で救護施設の施設長をされている方から、個別支援計画についてご質問をいただきました。
質問は、研究協議会の開催に当たり分科会での議論に向けて出たものだそうです。
このご質問と、私がお返ししたコメントをご紹介します。

【質問6】入所者の非現実的なニーズに対して、長期の支援を要する可能性がある際に、ニーズと支援内容の整合性が図れないことがある。そのような場合、他施設においてどのように対応しているかお伺いしたい。

ご質問の「入所者の非現実的なニーズ」という表現に、現場のリアルなとまどいを感じます。その意味はさまざまに解釈できますが、ここでは「そのニーズを満たすことが、むしろ利用者自身の生命、健康、財産や社会的関係性を大きく損なう可能性があるもの」として回答します。

この課題は、私たちの支援が「利用者の自己決定の尊重」を前提にしていることで生じます。

もちろん、「自己決定の尊重」は救護施設の支援における最優先事項であることは疑いがありません。しかし、一方で救護施設を含む社会福祉実践の現場では、利用者の自己決定に沿った支援を行うことが、利用者自身の生命、健康、財産、そして社会的関係性を大きく損なう場合があることを、現場職員の多くが経験しています。

このことについて、ソーシャルワーカーの専門職能団体の連合体である日本ソーシャルワーカー連盟(JFSW)は、2020年に改訂した「ソーシャルワーカーの倫理綱領」で次のように定めています。

(クライエントの自己決定の尊重)
ソーシャルワーカーは、クライエントの自己決定を尊重し、クライエントがその権利を十分に理解し、活用できるようにする。また、ソーシャルワーカーは、クライエントの自己決定が本人の生命や健康を大きく損ねる場合や、他者の権利を脅かすような場合は、人と環境の相互作用の視点からクライエントとそこに関係する人々相互のウェルビーイングの調和を図ることに努める。

つまり、JFSWは「ソーシャルワーカーはクライエントの自己決定は尊重する。しかし、それは表面的なことにとどまらない。クライエントの自己決定が本人の生命、健康、他者の権利を脅かすと想定される場合、ソーシャルワーカーはクライエントの真の権利を守るためにその自己決定に介入する」と言っています(前嶋の解釈です)。

この条文は、改訂前は「ソーシャルワーカーは、クライエントの自己決定を尊重し、クライエントがその権利を十分に理解し、活用できるようにする。」と前段で終わっていました。それが、今回の改訂で後段が加えられ、上の形になりました。これは、今回の改訂にあたってJFSWに構成された「倫理綱領委員会」における、ソーシャルワーカーがクライエントの利益を真に守るためにはさらに積極的な介入が求められるのではないかとの議論を踏まえたものです。

このように、現在わが国のソーシャルワーク専門職における「利用者の自己決定の尊重」の概念は、表層的なものから実践を踏まえたより深いものに変化してきています。

入所者の非現実的なニーズをどのように捉えて支援するかは、支援者にとって大きな課題です。この場合、ニーズの背景を理解し、現実的な範囲で整合性を図ることが重要です。

ここでは、上のソーシャルワーカーの倫理綱領の改訂経緯などを踏まえて、救護施設で参考にしていただけるであろう対応策を例示します。

「他施設においてどのように対応しているか」については、研究協議会で参加施設に意見を求めてください。

1 ニーズの背景にある真の欲求を探る
(1)ライフヒストリーの把握
表面的な非現実的なニーズの裏には、利用者の過去に満たされなかった欲求、夢、トラウマ、あるいは認知機能の変化が隠されていることがあります。時間をかけて、利用者の生活歴、価値観、文化背景(出身地独特の文化や風習が影響している可能性も考慮してください)を丁寧に聴き取り、記録します。

ご家族や地域の関係者からの情報も有用です。可能ならば、同様に聴き取り、記録してください。

(2)多職種・多角的視点でのアセスメント
社会福祉分野の他、精神、心理領域の専門家(医師、看護師、精神保健福祉士、心理士など)が連携し、そのニーズが精神疾患の症状なのか、認知症によるものなのか、あるいは単なる願望や欲求なのかを多角的にアセスメントします。たとえば、精神医療センターなどの専門機関への相談も視野に入れましょう。

(3)非言語的サインの丁寧な観察
言葉で表現できない欲求が、行動や表情、態度に表れていないかを、日々の生活の中で注意深く観察し、記録に残します。特に非現実的なニーズを訴える際にどのような感情が伴っているのかを把握することが重要です。

2 ニーズと支援内容の整合を図る
非現実的なニーズをそのまま満たすことができない場合でも、以下のアプローチを通じて支援の整合を図ります。

(1)ニーズの「変換」と「代替」
・真の欲求への着目 まず、利用者の「非現実的なニーズ」が満たされることで得られるであろう「真の感情や欲求」(例:承認欲求、安心感、楽しさ、社会とのつながりなど)に焦点を当てます。次に、それを満たすための現実的で代替可能な支援を計画立案します。 例:「宇宙飛行士になりたい」 →背景:「広い世界への憧れ」「特別な存在になりたいという承認欲求」 →ニーズの変換:「未知の世界への好奇心を満たしたい」「何か特別なことを成し遂げたい」

・支援内容の整合性 上の例によれば、宇宙に関するドキュメンタリー番組の視聴、宇宙や天体に関する書籍を読む時間を作る、宇宙に関する絵画や工作活動を行う、プラネタリウムへの外出を計画するなど。 小さな成功体験(例:作品が評価される)を通じて承認欲求を満たす。

・スモールステップでの目標設定 一度に全てを解決しようとせず、現実的な小さな目標から段階的に設定します。最終的な非現実的ニーズに少しでも近づくような、達成可能なステップを細かく設定し、成功体験を積み重ねることで、利用者の意欲を維持します。

3 リスク管理と安全確保を最優先にする
(1)危険性の具体的な説明と理解促進
ニーズの追求が利用者本人や他者に危険を及ぼす可能性がある場合、その危険性を具体的に、視覚的な資料(絵、写真など)や、利用者の認知レベルに合わせた言葉遣い、伝達方法で根気強く説明します。

(2)環境調整と行動制限の最小化
危険な行動につながる可能性のある環境要因を排除し、安全を確保します。 同時に、利用者の行動制限は必要最小限にとどめ、可能な範囲で自由な選択を尊重します。たとえば、特定のものに固執するニーズがある場合、安全な範囲でその物を確保・管理し、利用者が触れる時間を設けるなどの配慮を行います。

(3)専門職による行動介入
精神科医や心理士などの専門職と連携し、行動の原因を探り、必要に応じて薬物療法や認知行動療法的なアプローチが可能か検討します。

4 関係性構築と信頼醸成に時間をかける
(1)傾聴と共感の徹底
非現実的なニーズであっても頭ごなしに否定せず、「〜さんにとってはそれが大切なんですね」「〜さんの気持ちはよく分かります」と共感の姿勢を示し、徹底的に傾聴します。信頼関係がなければ、支援者の言葉は届かないからです。

(2)一貫した対応と根気強い関わり
複数の職員が関わる場合でも、ニーズへの対応方針を統一し、一貫した態度で接します。一度で理解を得られなくても、繰り返し、穏やかに、利用者のペースに合わせて対話を続けます。

(3)ポジティブな関係性の構築
ニーズに関係なく、日々の支援の中で利用者の良い面を見つけ、積極的に肯定的なフィードバックを行うことで、利用者との信頼関係を深めます。

4 その他
救護施設で、利用者が自由に「夢」や「願い事」を書き込める「夢ノート」や「願い事ボード」を設置しているところがあると伺ったことがあります。
職員は、そこに書かれた内容を否定せず、傾聴し、その中から現実的な範囲で実現可能なものを見つけ出し、個別支援計画に落とし込んでいるそうです。
たとえば、「昔住んでいた福岡の〇〇に行きたい」というニーズに対し、Google Earthでその場所を見せたり、関連する写真集を用意したり、可能であれば日帰り旅行を計画したり、といった対応をしていると伺いました。

また、利用者の非現実的なニーズについて「〇〇(非現実的なニーズ)を考える会」を開催されている救護施設があります。この会は、利用者本人の他、担当職員、支援職員、看護師、時にはご家族も交えて行われるそうです。この会の目的は、ニーズの背景にある真の欲求を探るとともに、実現の難しさやリスクを共有し、代替案を一緒に検討することにあるそうです。

これを行われている施設の職員は、「主旨を理解している職員はいいが、家族がすぐ”何をばかなことを言っているのか”と否定的な発言をしてしまうことを防げない」と会運営の困難さを話しておられました。

地域には、その地域に根ざしたNPOやボランティア団体、交流拠点が存在します。利用者の非現実的なニーズに近い活動(例:農業体験、手芸教室、音楽活動など)を提供している団体と連携し、利用者が社会とのつながりを感じられる機会を創出している施設があります。

もし、非現実的なニーズへの対応に成功したら、ぜひ、その事例や職員の工夫を共有する研修会やワークショップを定期的に開催し、職員のスキルアップを図ってください。

この時、認知行動療法やナラティブアプローチなどの専門的な知見を踏まえると、さらに高い効果が見込めると思います。

最後に ~すべてのご質問を振り返って~
救護施設の個別支援計画は、単なる書類作成の義務ではなく、利用者一人ひとりの人生を計画して支え、より豊かな毎日を送るための羅針盤になるものです。

地区救護施設協議会の取り組みが、それぞれの救護施設の利用者の笑顔につながることを心より願っています。