九州で救護施設の施設長をされている方から、個別支援計画についてご質問をいただきました。
質問は、研究協議会の開催に当たり分科会での議論に向けて出されたものだそうです。
このご質問と、私がお返ししたコメントをご紹介します。
【質問2】
意思疎通が困難な利用者の支援に対して、どのように個別支援計画に落とし込み実施しているか、事例があれば参考にしたい。
意思疎通が困難な利用者への支援は、非言語的コミュニケーションの理解と多角的な情報収集がカギになります。
以下にお示しするのはあくまでも一般論です。救護施設で参考にしていただきやすい事例を選んで示します。
事例1 重度の知的障害と自閉スペクトラム症を併せ持つAさん
1 利用者の状況
Aさん(40代、女性)は、重度の知的障害と自閉スペクトラム症があり、発語がほとんどありません。突然大きな声を出す、特定の場所から動こうとしない、特定の物に固執するといった行動特性が見られます。感情表現が乏しく、体調不良や不快感を周囲に伝えることが難しい状態です。
2 アセスメントのポイント
(1)詳細な行動観察記録を行う
「いつ」「どこで」「誰と」「何をしていたか」を細かく記録し、行動の先行事象と後続事象を分析します。その際、気候や季節のイベント(お祭りなど)が行動に影響を与えていないかも確認します。
(2)非言語的サインをリストアップする
言葉にならない発語、微細な表情の変化、体の揺れ、指差し、視線、呼吸の変化など、Aさんが示す非言語的なサインをリストアップし、職員間で共有します。
(3)感覚特性を把握する
特定の音や光、匂い、肌触りに対する過敏さや鈍感さをアセスメントし、環境調整に活かします。
(4)過去の支援記録やご家族など関係者から情報を得る
過去の支援記録やご家族など関係者からの情報(好きな食べ物、落ち着く場所、嫌がる音など)を徹底的に掘り起こします。
3 支援目標(例)
(1)短期目標(たとえば3ヶ月)
「不快な感情」や「体調の異変」を、絵カードや指差しで示すことができるようになる。
(2)中期目標(たとえば6ヶ月)
特定の行動(大声を出すなど)が減少した際に、代替となる安心できる行動(落ち着ける場所へ移動する、好きな音楽を聴くなど)を選択できるようになる。
(3)長期目標(たとえば1年)
日常生活の中で、職員がAさんの要求や不快感を80%以上予測できるようになり、先回りした支援ができる。これにより、(1)(2)の段階で見られた課題が発現することなく過ごすことができるようになる。
4 具体的な支援内容(例)
(1)コミュニケーション支援 絵カード・写真カードの導入
日常生活でよく使う言葉や行動(「食事」「トイレ」「散歩」「横になる」「嬉しい」「嫌だ」「痛い」など)を絵カードやAさんの好きなキャラクターのイラスト付きカードにし、常に携帯できるようにします。そのカードを職員も積極的に使用し、Aさんの選択を待ちます。
(2)視覚的スケジュールの活用
1日の流れを写真やイラストで示し、Aさんが次の行動を予測できるようにします。季節行事(夏祭り、運動会など)も視覚的に提示し、参加への見通しを持たせます。
(3)身体接触・タッチング
Aさんが安心できる程度の、穏やかなタッチング(肩を軽くたたく、手を握るなど)をコミュニケーションの一環として取り入れ、安心感を与えます。
(4)スモールステップでの応答練習
小さな欲求(例:「水が飲みたい」)から、絵カードを使った選択練習を繰り返し行い、成功体験を積み重ねます。
(5)行動支援と環境調整 行動の機能分析に基づく対応
大声を出すなどの行動が生じた場合、その行動が何らかのメッセージ(例:不快感、退屈、要求)であると捉え、記録と分析からその機能(目的)を特定し、その機能を満たす代替行動を提示します。
(6)感覚刺激への配慮
特定の音や光に過敏な場合、ヘッドホンや薄暗い空間を提供する、香りの強い洗剤の使用を控えるなど、環境を調整します。外出時には、日差し対策を行ったり、日中の活動場所への配慮も重要です。
(7)「安心できる場所」の設定
施設内にAさんだけが落ち着いて過ごせる小部屋やスペースを設け、ストレスが高まった際にいつでも利用できるようにします。
(8)一貫した対応と支援者の固定化
複数の職員が関わる場合でも、Aさんへの声かけ、行動への介入方法、ジェスチャーなどを統一します。可能であれば、Aさんの担当職員を固定し、きめ細やかな観察と支援を行います。
5 モニタリング
(1)日々の行動記録と評価
支援記録は、目標達成度だけでなく、Aさんのわずかな変化や、支援方法の効果を客観的に判断するための重要な情報です。
(2)定期的なカンファレンス
施設内で行う月例のカンファレンスで、Aさんの状態変化や支援計画の妥当性について多角的に検討します。その際、福祉事務所や医療機関、障がい者相談支援センターなど、地域の専門機関の参加が求められればなおよいでしょう。さらに、精神科医、心理士、作業療法士などの助言が得られれば最善です。
6 スーパービジョン
意思の疎通が困難な利用者に対する具体的な支援技術としては、視覚教材や言語以外のコミュニケーション手段を活用したり、ゆっくりと分かりやすい言葉で話したり、専門家によるアセスメントや介入を取り入れることなどが考えられます。
しかし、こうしたことを理解していても、意思疎通が困難な利用者の支援は、本人の意思を最大限尊重することを前提とした現在のソーシャルワークの価値観の元では、職員に多くの負担とディレンマを感じさせます。職員は、利用者の特性や状況を理解し、適切な方法でコミュニケーションを図り、必要な情報を提供しようとしますが、そのようにして行っている実践が、果たして正しいのか、利用者のためになっているのか自省し葛藤することがよくあるためです。
このような時、施設にスーパービジョンの仕組みがあると、職員はより客観的に自らの実践を振り返ることができ、葛藤や悩みを軽減できます。
また、スーパービジョンの仕組みを設けておくことで、職員それぞれが法事の理念や施設の支援方針に沿った支援計画を作成しそれに沿った支援を行うことができるようになります。これにより施設の実践力を高めることができるようになります。
※本文で「スーパーバイザー」は、施設の管理者と実際に利用者の支援を行う職員の間に立ち、組織の理念に沿って現場で支援を行う職員を支える「中間的管理職」と位置付けています。これは、アルフレッド・カデューシンの定義に拠ります。