最近行った研修会の終了後に、受講者からご質問をいただきました。このご質問が講義内容を補足できるものだったので記憶を頼りに書き起こしたのがこのエントリです。
なるべく正確に書き起こすように心がけましたが、もとが会場内での立ち話なので、質問と回答の対応がしっかりしてなかったり、話があっちこっちに飛んだりしています。お許しください。結論だけ知りたい人は文末に飛んでください。
なにかのご参考になれば幸いです。
先ほどの講義で「救護施設では、個別支援計画は直接支援を行っている担当者が作成していることが多い」とおっしゃいました。うちの施設はそれとは違う方法で個別支援計画を作っています。支援担当者とは別に個別支援計画を作る職員がいて、その職員が25人から30人ぐらいの個別支援計画を作ります。現場の支援員はそれを見て支援を行い、ケース記録を書く、そしてカンファレンスに参加するという形です。このやり方でもいいですか。
誰が個別支援経計画を作り、誰が実行するのかという仕組みのお話ですね。これを考える時、大事なことが2つあります。まず、それぞれの施設にあった方法を考えてそれを実行すること、次に、必要な時にそれを見直す仕組みをあらかじめ考えおくことです。
施設によって、利用者の状況は違います。また職員のスキルなどの環境も大きく異なります。したがって、それぞれの施設でどの方法がいいのかは施設ごとに違って当然です。さまざまなことを考えて、施設にとってベターな仕組みを決めて実行すればいいと思います。ただし、それらの状況や環境は時間が経つと変わります。利用者は入れ替わるし職員のスキルも変化します。だから、その時点で仕組みが機能しているか、より適切な仕組みは無いのかといったことを考える仕組みをあらかじめ組み込んでおくことが必ず必要です。
施設ごとに仕組みを決めること、それを見直す仕組みをあらかじめ組み込んでおくことですね。それがあれば、うちの施設のように専任で個別支援計画を作る職員をいうのを置いても大丈夫ということでしょうか。
それでいいと思います。その上で、なぜ、私が救護施設では個別支援計画は直接支援を行っている担当者が作成していることが多いとお話し、それをお勧めしたかについて、講義では時間の関係で触れられなかったことを、少し詳しくお話します。
まず、一般的に救護施設では、利用者のニーズが初回の個別支援計画作成のプロセスで一発で定まることはまずありません。通常、利用者と職員の関係が深まると、利用者はより多くのことをお話してくれるようになります。それで、職員はより詳しく利用者の希望・要望を知ることができるようになるし、そのやり取りで希望・要望が言語化されることで、利用者自身も自らの希望・要望をより明確に認識されます。だから、時間をかけるほどに新しい話がでてきて、それに応じてニーズも変わっていきます。
とはいえ、多くの施設では入所から初回の個別支援計画を作成するまでの期間を決めています。だから、無限に時間をかけて、このやり取りができるわけではありません。そこで、支援者は締め切りまでの期間内で知ることができた希望・要望からニーズを考えて提示し、利用者の合意を得てそれを実現する個別支援計画案を作ります。これが通常の流れです。
だから、初回の個別支援計画で支援目標にしたことが、次の回では変わっているのがむしろ普通です。反対にこれが最後までも変わらないといったことはまずありません。なにがいいたいのかというと、利用者の状況だけでなく、希望・要望も、それに向けたニーズも、支援が進むにつれてどんどん変わるのが普通だということです。
その変化に一番近いのが直接支援を行う担当者です。だから、直接支援を行う担当者が個別支援計画を作って現場で共有し、支援に反映させるのが一番早くて効率がいい。それが、私が直接支援を行う担当者が個別支援計画を作成することをお勧めする理由です。それは、担当者が把握したことを専任で個別支援計画を作成する職員に伝え、その専任の職員が利用者からまた話を聞いて支援計画を変更して、それを担当者に伝えて支援に反映させるといった流れと比べてスピーディーで合理的だと思います。
では、なぜ介護保険や障がい者支援の分野では専門の職員がケアプランや支援計画を立てる仕組みになっているのですか。
わかりません。ただ、介護保険と障がい者支援の分野に共通しているのは、利用者ごとに行う給付管理と事業者の請求事務です。これがひとつの理由ではないかと思います。
これらの分野では、公的健康保険制度に似た事務的な管理が必要です。通常、この管理は事務職員が行っています。つまり、これらの分野では直接サービス提供に関わらない事務職員が、個別利用者に対するサービスの提供状況を知り管理する必要があるということです。これに対して、救護施設では、事務職員が個別の利用者にどのような支援が1日何回、1カ月に何度提供されているかを管理する必要がありません。この違いが、サービスの提供状況を集中的に管理する仕組みの必要、つまり介護保険や障がい者支援の分野では専門の職員がケアプランや支援計画を立てる仕組みになっている理由のひとつではないかと想像します。
もう少し言葉をつなぐと、この管理する(される)のと、スピーディに支援を提供するというのは相対する関係になりやすいです。たとえが飛躍しますが、ある製品を作っている工場があったとして、工場で作られた製品が問屋さんを経由してユーザに届くのと、工場から直接ユーザに直販で届くのとの違いに似ているでしょうか。これはどちらがよいという話ではありません。プロの問屋さんを経由することでアフターサービスを含めた一定の品質が担保される可能性が高まります。一方でその分費用や時間といったコストは上がります。直販では、コストは削減されユーザからの反応もダイレクトに工場へ届きます。しかし、問屋さんが行う中間のチェックやフォローが無くなるため、工場とユーザの間で充分なコミュニケーションが行われていなければ見落としやエラーはその分起こりやすくなるでしょう。要は、介護保険と障がい者支援の分野で専門の職員がケアプランや支援計画を立てる仕組みになっているのは、目的に向けて支援の質や量をマネジメントする必要を踏まえた仕組みになっているのだろうということです。
それでは、どうして救護施設の個別支援計画は直接支援を行っている担当者が作成することを勧めるのですか。
これについて、これまで私が公(おおやけ)にお話ししてきた説明は次のようなものです。
~少数の職員が、さまざまなニーズを持つ施設利用者全員の個別支援計画を作成するより、複数の職員がそれぞれの知見を活用して少人数の個別支援計画を作成する方が、支援内容が多様になるからです。職員にはそれぞれ得意とする分野や経験の偏りがあります。専門施設ではそれが強みになりますが、さまざまな特性とニーズを持った方を受け入れて支援する救護施設の場合は、その偏りが、利用者一人ひとりに合わせた個別支援計画を作成しようとする時、制約になる可能性があります。そこで救護施設では、さまざまな知見や経験を持った職員がそれぞれの得意を活かして、それに合う利用者の個別支援計画を作成することを考えました。救護施設は、他の分野では支援しきれなかった新しいニーズを持つ方も多く利用されています。こうした新しいニーズを持つ方に多様な知見を持つ職員がさまざまな取り組みを行い、その中でより効果的な支援方法が見つかったら、それを多数の施設で共有して支援を行います。そうすることで、救護施設全体でよりよい支援を行える体制が築けます。全救協がすべての救護施設で使えることを念頭に全救協版個別支援計画書を作ったのは、こんなことを考えていたからです~
これは、先ほどお話しした救護施設と介護保険や障がい者支援の専門施設の違いを前提にしています。すなわち、直接支援を行っている担当者がそれぞれ個別支援計画を作成するというのは、救護施設だからできることだと思います。それは、事務職員が個別の支援内容を管理する必要がないからです。
しかし、これは全体論でのメリットです。現場の支援者一人ひとりの目線では、目の前の利用者の支援にどのようなメリットがあるのかが気になると思います。
このことを説明するには、私の社会福祉以外での経験を聞いていただくといいかもしれません。
実は、私はソフトウェアエンジニアの経験があります。いわゆるプログラマです。その仕事でプログラムを作ることを「開発」と呼びます。私が経験した開発の方法は大きく2つで、ひとつは「ウォーターフォール」、もうひとつは「アジャイル」です。
ウォーターフォールは伝統的な方法です。「要求定義」「要件定義」「仕様決定」という風に開発が上流から下流に向けて行われます。これを水が上から下へ流れる様子に見立てて”waterfall(WF)”と呼びます。通常、大規模なシステムはWFで開発され、そのゴールである納期も長いものでは数年先になります。
これに対して、アジャイルはWFに比べると小規模な開発が中心です。ゴールまでの期間も数週間程度で、年単位というのは私は聞いたことがありません。今日発注して2週間後に確認、4週間後にリリースという感じです。要求も4週間後にリリースすることがわかっているなら、その4週間前に伝えれば大丈夫です。なんなら、先月お願いしたこの機能は今はいらないから外してとか、この機能はとりあえず後で実装してくれればいいから先にこちらを入れてとかもわりあい柔軟にできます。開発会社側でも、これとこれは優先的に作ろうなんてことができたりします(もちろん客先と相談です。限界はあります)。WFでは、だいたいカットオーバー(この先はなにも変えられないというリミット)の1年ぐらい前に要求を締め切る感じになりますから、アジャイルとはだいぶ勝手が違います。
こうして並べて説明すると、アジャイル開発の方がいいように思うかもしれません。ではどうしてWFが今も生き残っているのかというと、発注されたプログラムにどんなことをさせるかという機能を挙げる会社と、実際にプログラムを作る会社が異なる場合があるからです。こういう元受け下請けの関係では仕事の進行に管理が必要です。そのためにはWFの方が都合がいいというのが理由のひとつです。
機能を挙げる会社(開発会社)は「この1,000の機能を1年後の月末までに作る」なんていう見積もりと契約書を作ります。実際にプログラムを作る会社(請負会社)は、それを作るだけです。請負会社は、発注した顧客との話し合いに同席することはあってもなにかを決める権限があるわけではないので、1,000の機能を納期までに作るだけです。顧客とのやり取りで、これを優先してとか、請負会社からの提案でこれを先にしたいとか、そんなことはありません。念のため正確を期すと、WFでもどの機能を優先して実装するかという優先順位みたいなものがついている場合がありました。ところがその優先順位というのがひどいもので、私は挙げられた機能のおよそ95%が優先度Aっていうリストを見せられたことがあります。こんなの順位をつけるだけ無駄だろうと思いました。そのリストを確認させられた時は、会議を中座して大阪に帰ろうか(会議は東京でした)と思いましたよ、ほんとの話。
でも、WFは上流工程の開発会社が管理するには都合がいいんです。なにしろ、開発ですべきことがすべててリストに挙がっているので、契約上は開発が拡大しない(あくまで契約上です。実際は変更続きで果てしなく拡大することがあります、っていうかそれが常態です)し、開発がどこまで進んでいるかの進捗管理も比較的簡単です。アジャイルなんて、客先との会話ひとつで変わりますからね。なので、WFは大きなシステムを開発する時には主流の方法です。
ソフトウェア開発の話はここまでにしましょう。
このたとえ話を聞いていただいたら、私がなにを言おうとしているのかもうお気づきだと思います。そう、救護施設で個別支援計画を作成する時はどちらの方法を参考にすべきかということです。
先ほども言いましたが、通常、個別支援計画を作る時に、最初に利用者から聞いた希望・要望が最後までそのままというのはほとんどありません。アセスメントをする担当者との関係性や、アセスメントで利用者の話したことを担当者がまとめて言語化して返し、それを利用者が聞くというやり取りの中で、希望・要望は変化し続けるからです。
でも、それだといつまで経ってもアセスメントに留まって支援計画の作成に移れないので、ある時点で希望・要望の聞き取りを一時停止してニーズを整理します。
これは冷たい態度と感じるかもしれません。しかし、経験上、希望・要望の聴取には閾値のようなものがあって、これ以上聞いても本当にニーズに反映してよいかどうかわからなくなる一線があります。第一、いつまで経ってもアセスメントに留まって支援計画の作成に移れません。
それだったら、最初から短期間にそこそこの深さで聞いた希望・要望とアセスメントをもとに、とりあえずのニーズをはじき出し、迅速に個別支援計画を作って説明する。それで同意が得られたら支援を始める。支援が始まってからも希望・要望を聞き続けてそれを迅速に支援に反映させる。これでいいんじゃないかと思うわけです。あ、言い忘れましたが”アジャイル(agile)”って、「すばやい」という意味です。
特に、救護施設では支援内容が変わっても請求事務に影響があるわけではありません。複雑だったり工程数が多い支援プログラムを実行する場合に、現場の人繰りに調整が必要になるだけです。だったら、支援する人が個別支援計画を作成して、必要に応じて柔軟に書き換える方法でいいじゃないかと思います。
もちろん、当然のことですが個別支援計画を変更したら利用者本人と支援を行うチームの職員でそれを共有する必要はあります。
ということなので、救護施設の個別支援計画は直接支援を行っている担当者が作って支援する方がいいと思うのは、その時点でのニーズが迅速に反映できて、それによるデメリットが少ないからです。
※ご質問をいただいたAさん、ありがとうございます。